サンフレッチェ広島服部公太について

服部公太

服部公太は千葉県習志野市出身の元プロサッカー選手でサッカー指導者と言われます。1996から2011までミッドフィールダー、ディフェンダーとしてサンフレッチェ広島でプレーしています。フィールドプレーヤーとしてはJ1史上初の100試合連続フルタイム出場達成者であり、サンフレッチェ広島生え抜きとしては初のJ1通算350試合出場の達成者でもありなす。本人は豊富な運動量から精度の高いクロスが魅力の左アウトサイド、ウイングバック及びサイドバックとして活躍しています。

服部公太は5歳のころからサッカーをプレーし始め、主に攻撃的なMFとしてプレーしていました。高校は渋谷幕張高校へ進学して、宗像マルコス望からの指導を受けて、高校3年生の時、千葉県選抜としてふくしま国体少年部門優勝、U-18日本代表にも選ばれました。東京ガスサッカー部からのオファーを受けるつもりでいたが、渋谷幕張高校のコーチからJリーグでの挑戦を後押しされ、翻意を決めました。

服部公太

1996年サンフレッチェ広島に入団し、同年にはAFCユース選手権一次予選に出場するU-19日本代表に選ばされ、同年11月9日対横浜マリノス戦で、74分から途中交代出場し公式戦デビューを果たしました。1997年、攻撃的なMFから左アウトサイドにコンバートされました。1998年、路木が移籍したことで左サイドでレギュラーとして定着して、当初はフリーキックも蹴っており、同年8月22日のJリーグ初得点でFKで決めていました。2000年7月29日対清水エスパルス戦でJ1通算100試合出場を達成しました。2001年左サイドバックとして活躍、攻撃能力が開花して、11アシストし、右サイドの駒野友一との両サイドは攻撃の基点になり攻守共に重要なポジションともなりました。服部公太は2001年には両足甲骨折した状況でプレーし続き、2005年には練習中に右肘脱臼し全治3週間の怪我を負いながら、13日後のリーグ戦にはプロテクターを着けてフル出場しているから、「鉄人」と呼ばれました。2007年3月10日対柏レイソル戦にてJ1のみ100試合連続フルタイム出場達成し、2008年2度目のJ2となったが1年でのJ1昇格に貢献しました。2009年5月9日J1第11節対ジェフユナイテッド市原・千葉戦で史上38人目J1通算300試合出場達成して、2011年5月21日J1第12節対ヴィッセル神戸戦で史上22人目のJ1通算350試合出場を達成しました。

2011年末、広島からコーチ転身へのオファーを受けるも現役にこだわりました。2012年、ファジアーノ岡山に完全移籍しました。2013年より、サンフレッチェ広島ユースのコーチに就任しました。

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